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クリスチャンの婚活(6)識者の言うことは聞くな。お前ら金づる。 [クリスチャンの婚活]

BBA、あんまりアクセス数というのに興味がないので見ないが、検索されるフレーズはたまに見る。
その中で多いのがやはり結婚問題である。
クリスチャンの婚活というテーマで、以前もいくつか記事を書いたが、賛否両論
さて、TLをめぐると、なにやら一悶着あった様子。

松ちゃんが語る「クリスチャンと結婚」


事の発端はこうだ。
あるテレビ番組でクリスチャンと仏教徒の夫婦を取り上げたらしく、放映後そのクリスチャンの旦那のブログにたくさんのコメントがよせられ、まあほとんどがごく常識的な「お互いの信仰を大事にしましょう」だったのだが、ある一人の信徒が「非クリスチャンと結婚するのは非聖書的である。悔い改めて」というコメントを寄せ炎上したらしい。そしてその論拠として某サブカルブログの記事を持ちだしたというわけだ。

論拠と思われる記事を抜粋すると、

「愛は宗教の違いを超える」とか美化しておりましたが、「熱心な仏教徒がクリスチャンと結婚するのは仏様のお導きではなく、クリスチャンが熱心な仏教と結婚するのも神様の御心でないに決まっているだろー!」と断罪的に憤慨してしまった私です。(中略)

 「こんなん宗教多元主義体現夫婦じゃん!」と一刀両断の私はキリスト教原理主義者なのでしょうか?やっぱり、ここは広い心とやらで「豊来大治郎兄弟の家庭での証しのために祈りましょう!」とかいうのが、正解なんでしょうかねー?なんか釈然としない気分の私であります。

しかし一転炎上させたコメント主が自分のブログを持ちだしたことを知るやいなや、

どうも、豊来家さんの結婚についての正直な葛藤を記した本ブログの記事を読んだと思われる方が、豊来家さんのブログを炎上させかけたもようです。メコン入ってる疑惑のある方のようで、大変であった様子。
でも、これは他人事ではなく、信仰熱心であるほど、陥りやすい落とし穴。しかも、無自覚になるのでやっかいです。K氏ならではの分析と具体的防止策は、実に有効だなーと感心します。私個人も、身の覚えのあることばかりで、自戒させらえました。とりわけ熱心派クリスチャンにはご一読をお勧めです。
信仰熱心であるほど、陥りやすい落とし穴。しかも、無自覚になるのでやっかいです。


なんつーか、お前が言うなみたいな。
なんなんだろな。この清々しいほどの二枚舌。
この俺のせいじゃねーから!メサコン(何この言葉)入った一個人が勝手に炎上させただけだから!
俺じゃねーし!一応反省するそぶりみせるけど、責めないでね的な自己保身。

このブログ、まともな記事もあるのだが、なぜか結婚の話題になると一事が万事この調子。
前から思っていたが、とにかく日和見主義で無責任。どこの日本政府だよと。

とうとう最近の記事では三十五歳以上のクリスチャン女子が結婚した事例を一度も知らないと書きだした。

あんたその現状を知っててそれでよく、結婚はクリスチャン以外は駄目です調な記事をつらつら今まで書いてきたなー。
男性が圧倒的に少ない教会内において女性信徒にクリスチャンホーム至上幻想を焚きつけて、ノン・クリスチャンとの結婚に罪悪感を与えておいたら、余った女性がどうなるかわかるでしょうに、解決策は(自分は具体的に指示していると自負しているみたいだけど)傍から見たら終始一貫、若いうちが花、神にまかせましょうだけ。

そういう現実があるならなおさら、結婚を考えているならクリスチャンに限らせず、より現実的な選択をというのが優しさだろうに、クリ男子を「誠実」「信仰的で伸びしろがある」とか意味不明の持ち上げをしておきながら、ノンクリ男子を「不倫の可能性がある」とか「信仰から離れてノンクリを選んだ結果暴力を振るわれる」とかわざと極一部の事例を持ちだして二元論に陥れてノンクリ男子をdisる卑怯さ。
よくもまあこんなこと数年間も無責任にブログ書いてあまつさえ書籍にして他人から金とるって正直、人並みの良心があったらできないわー。
名前出してるから大変なんだろうとは察するが、こんなんで金とれるんだったら「超文学フリマ」でどっかの大学の文芸サークルの無名の新人スカウトした方がましとすら考えるのが間違っているだろうか。こんなんに記事書かせるマスコミ各社も大概だ。
いや、BBAの周囲もそういう傾向があった。だからブログ始めた最初から口酸っぱくノン・クリスチャンとの結婚か、外国に行け、それが仕事しろと言ってきた。
しかし、ここにきて神の祈り三十五歳定年説とは。もう神とか祈りとかいらなくね?
つかこれならもうvipにスレ立ててvipperにお伺いを立てた方がまだ建設的なアドバイスを得られるというものだ。

あと、「クリスチャン男子伸びしろ論」とか。
あれ、信じちゃだめです、はっきりいいまして、伸びしろ論なんて嘘!
そんな現実があったら、男性信徒目当てに女性信徒が殺到して、その女性信徒目当てに男性信徒が群がるから「若者の信徒不足」なんて最初から起きてません!
というか聖書を学んで伸びしろ高いはずの男性も結局、

30代後半や40代男性は、30代前半までの女性を希望します。できれば20代の女性を願うものです。つまり、30代表後半の女性は、結婚対象となる同年や年上から望まれないのです。代私自身も、伴侶紹介のお手伝いをさせていただくことがありますが、30代後半のクリスチャン女性のケースで結婚に至った事は一度もありません。

聖書読んでもまったく伸びてねーじゃんそんじょそこらにいるノン・クリスチャンと一緒じゃん。クリ男の優位性0。
それなら最初からノンクリでいいじゃん。自分で自分の論破綻させてどーするよホント。

そもそも聖書に従ったら必ず成長するなんて、あるわけねーだろ。

そんな甘い人生だったらそもそも神に行き着かなかっただろうに。信仰なんだと思ってんの?
BBAはがっちがちの福音派の教会で鍛えられた信徒婦人と話をするが、それすらも昔っから、
「結婚はクリスチャンに限定しなくていいのよ。クリスチャンの男性はちょっと……ね。繊細というか、変な(モゴモゴ)」という有様。
長年女性として教会に仕えて色々見てきただろう婦人達の嘆息を見てきただけに、ありがちな「クリスチャン男子伸びしろ論」なとどいうのは
いかにもたきつけて「利益を享受したい側」の言説だなーと。実際婚活関係者とか牧師(それも福音派に限る)しかこんな浅はかなこと言ってないしね。

つかね、他人事みたいにいうけど、今のクリスチャンの結婚難と信徒不足の問題って、俺ら世代のBBAとじじいのせいですよはっきりいって。
若者のせいでも時代のせいでもましてや「サタン」のせいでもないです。
今ブログや教会でえらそーにのたまっている世代なんか正直この高度経済成長期に運良く時流にのって、
たまたま貧乏人でも長男以下でも結婚できた一時期に生をうけただけだからね。
そして運に乗じてすっかり知的研鑽を忘れた「BBA」共の無知蒙昧無為無策で大衆にそっぽ向かれたのが今の教会の現実。

そしてBBAも、「少し頭を使えばわかるのに、こんな言説に引っかかって」とぼーっと金と時間を費やしてる方も馬鹿だと思ってたんですが、ごめん間違ってた。
上の人間がこれだけ馬鹿で聖書やアホキリスト教出版社の読み物しか与えなかったら馬鹿で仕方ないですわ。

熱心党&KGKとかhi-baとか入って時間を無駄にしている若者諸君。お前らさあ、もう分かれよ。
聖書信仰だからと言ってこんなころころ意見のかわるおじさんの言うこと信じちゃだめだよー。
極一部の奇跡的な事例を持ちだされて目を輝かせて、神に祈ってればいつか叶えてくれると純粋に信じちゃってBBAに夢物語聞かせてくれるけど、なぜかその祈りは三十五歳を過ぎたら聞かれなくらしいから、ごめんねごめんねー。


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共通テーマ:恋愛・結婚

クリスチャンの婚活(5) クリスチャン女性が結婚するために [クリスチャンの婚活]

クリスチャン女性がクリスチャン男性と結婚するためには、

一に下働き、二に下働き、三、四がなくて五に下働きである。

ただし若い美人は除くである。
彼女達は祝福されていて、存在だけで価値があるのでそのようなことはしなくてもよろしい。
(ただし許されるのは20代前半までで結婚できず後半になってあわてて手伝っても遅い)

以下、クリスチャンの婚活を見てきたおばちゃんがクリスチャン男性と結婚するための最低条件を列記してみる

1 女子だけでつるまない

確かにキリスト教では男女別の行動が求められるが、つるみすぎてもいけない。
客観性がつかみにくくなるし、男性は本能で固まる女子を怖がるものなのだ。

2 神学を勉強しすぎない(研究者は除く)

自分が献身する場合を除き、何の効果もないアピール方法である。家でやれ。
すでに献身済・献身希望の男性以外あまり好まれない。
こういう女性を好むのは超一流の男性かあるいは
比較的高学歴でリベラルの考え方をもつ学者肌の若い男性である。
自分が超一流の男性に好かれる器だと確信しているなら止めはしない。
「うわ、神学を勉強している。あの人は敬虔だ」と思う男性は意外といない。
「敬虔すぎて裁かれそう」「頭でっかちで安らげない」こう思われるのがオチである。

3 教会の奉仕をそっちのけでやたらと読書会、勉強会、とかいって飛び回わらない。

こういう人は熱心に見えるが実はただ趣味として「勉強」が好きな遊び人である。
この世的にいったら仕事を手抜きして「自分磨き」をしたがる連中である。

3 20才をすぎたら多少の化粧はする(薄くがよろしい)

しみだらけ、吹き出物だらけ、隠し切れないシワなどを愛する神様の御前に捧げるのはやめよう。
どっちかというと社会人としてのたしなみである。


4 料理・裁縫・掃除はできてあたり前である。(本当は+仕事も)

このうち特に必要なものは料理掃除である。
裁縫は現代においてあまり必要性がなくなっているが
得意とすると何かと男性への好感度・奉仕に役立つ優れものである。
個々それぞれ苦手な場合もあろうが、最低限できれば問題はない。
苦手でも学ぶ・努力する姿勢を見せることが重要である。
全部できなければ、雑巾がけ、トイレ掃除、皿洗いなど誰も見ていない汚れ仕事を黙々とこなすこと。
その報われない地道な働きの中に神がおられる。

5 子供に接する姿勢を見せる。

俗にいう子供好きアピールである。
母性を印象づける極めて有効な方法である。しかも男女既婚未婚子供問わず誰も損はしない。
子供は一筋縄ではいかない。率直で妥協を許さないので信仰も磨かれる。
「子供好きアピール」するなんていやらしいとか変なプライドは捨てよう。
世間はあなたの中身なんて見てくれないし、アピールしない限り一介の凡人であるあなたに世間も興味もない

こう書くと女性蔑視とかなんとか考える人もいるだろうが、
こんなもんは目的に対するスキルがあるかどうかであって女性のプライド云々の話ではない。
求人票に「要看護師免許」と書いてあるのに「簿記2級もってます」と応募してくる方がおかしいだろう。
これらすべての項目を飛び越える離れ技がぶっちゃけセックスだが、
クリスチャン女性はそれすらも与えたくないのであろう。

家庭を運営するスキルもないアピールする気もない、視覚に栄養を与えないルックスで男性に何をどう察しろというのだ。

要するにクリスチャン男性と結婚したくて少しでも点数稼ごうと思えば、聖書に向き合うより、
模範になるべき自分の教会の牧師夫人や既婚者の教会員を参考にすればいいのである。
教会が健全か健全じゃないかのバロメータはまず女性に現れる。
模範になるべき教会員がいなかったらその教会は相当病んでいる。転会を視野にいれた方がいい。

大概戦後の動乱期をクリスチャンとしてくぐりぬけた女性は忍耐強くよほど聖書を実践している。
牧師夫人にもなると、後ろにも目がついているのかと思うほどの気働きぶりである。
それだからこそ男性は結婚する価値があり、女性を身体をはって養ってきたのである。
彼女達は歓談はするがつるまず、一通り話すとすぐ率先して奉仕、台所仕事などをする。
先輩教会員は若い女性に何も言わない。彼女達は背中で覚えてきたからだ。


これらはすべて「クリスチャンの男性と結婚したい」という女性を対象に書いている。
ぶっちゃけクリスチャン男性なんて大したもんじゃないしまったくおすすめもしない。
特にクリスチャンホーム出身の男子に多いが、女性が細々働いていてもぼーっとして
王様のように座っている輩がいる。
その輩が突出して金を稼ぐ能力があるなら話は別だが、基本相手にせずともよろしい。
空気の読めない、仕事でも使えない人種である。

これらの無能を除外した上に往々に男性というものは保守的で、
しかもクリスチャンの男性は数が少ないので少しハードルをあげた。
しかし割りとどの男性にも適応しやすく有効な手段だと思う。

無論、仕事・学問にに心血を注ぐ女性やノンクリスチャンとの結婚を
視野に入れている女性はここまでしなくてもいいだろう。
身体の弱い女性もいるだろう。ムリして教会にいかなくてもいい。
奉仕なんぞはの身体の丈夫なおばちゃんにまかせて薬飲んで祈ってうまいもん食って寝てろ。
心の中で主と繋がっていればよい、今はインターネットの礼拝もある。

教会で無駄に居残ったりせず、この世の春を楽しめばいい。教会の外にも
美しく素晴らしい世界は広がっているのだから。



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