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日本のキリスト教系プロライフもどき団体と非嫡出子(1) 区別(差別)はするけど中絶反対です!!^^ [クリスチャン業界の下世話な話]

新春明けまして今年も暴論である。

年末のコミケ主の助けにより無事新刊は完売した。これも主の御助けであると心から感謝する次第である。BLだけどな。
十二月から更新していなかったので一部のクリスチャンは胸を撫で下ろしただろうがそうはいかない。
今年もガンガンネット上にゴミを撒き散らす所存である。


まず最初にせっかちなクリスチャンのために断っておくが、おばちゃんは「婚前交渉反対派」で「結婚制度賛成派」である。
それを前提として今日の議題。

正月早々ミヤネのおっさんに女性問題発覚である。

どうみても二股したあげく水商売の女を孕ませて中絶するだろうとタカくくってたらしなかったんで仕方なく認知したでござる

の典型例です本当にry。

四年隠し通せたというのは、事務所の力もあろうがおそらく養育費系でもめて女性側からリークが入ったのだろうと推察する。
責任も取らずトンズラする男が多いなか、認知するだけでまだマシです!評価できます!なんていう声がキリスト者から聞くたびつくづく、芸能界とキリスト教は男に甘いと感じる次第であるが、今にはじまったことでもないので割愛する。

つかプロライフを標榜する人間が胎児の命がどうのこうの言う前に、その子供が大きくなって自分のHP見るかも知れないのに子供に対して「隠し子」「隠し子」連呼すんなや。
この辺の言葉のチョイスに疑問をまったく持たず、声も出せない相手(胎児)を自分の善意の前面に押し出すなどまさに卑怯そのもの、悪にも劣る。
リベラル派やノンクリをヒューマニズムに堕したとか聖書的ではないと否定するが、こんな愚鈍な善人()になるならば聖書的でなくても結構である。
若いクリスチャン諸君は、こんな福音派聖職者の「胎児の人権」論を真に受けないように。バカになります。

怒りにより脱線した。話に戻ろう。
認知といったら非嫡出子。非嫡出子といったら中絶問題である。

さて、日本にもプロライフもどき団体があり、キリスト教関係者が多数参加している。
もどきをつけたのは「プロライフ」という言葉に失礼だからだ。
聖書的にいえば、「胎児の命」が重要とのことである。しかしこれは「善人でありたい人のための」建前であろうと私は思っている。
アメリカあたりではプロライフ団体とプロチョイス団体が熾烈な争いを繰り広げていて、たくさんの議論がある。
アメリカのプロライフ団体には過激派もいて、中絶医を殺したり爆弾を仕掛けたりテロ並みの活躍をしているが、
それでも日本のプロライフもどき団体よりはまだ筋が通っていると思う。
理由は一つ、「非嫡出子の法的扱いが完全に平等」という土壌の元、議論を交わしているからだ。

私が日本のキリスト教系プロライフもどき団体の主張を眉唾ものと考えているのは、この「非嫡出子の相続問題」について、どうも言葉を濁しているというかなんの議論も主張もしない所にある。
日本における中絶問題において議論する人間が、この日本の非嫡出子の相続問題を「知らない」はずはありえないし
今時法律をかじっていれば高校生でも知っている。


だいたいこの相続格差是正の話は別にフェミニズムや人権団体のムチャぶりというわけでもなく、相続格差のある国は日本とフィリピンだけという有様。
また法律面においても、最高裁レベルでもギリギリ合憲で、ほとんどの法律関係者は「違憲前提」。
あとは家族制度の秩序が~って騒いでいる「ぼくのかんがえたさいこうのちつじょ」論者が
少子化でにっちもさっちもいかなくなって「仕方ありません」となるのを待つ段階である。
つまり主張したって、イエスキリストは神です!神なんですってば!と訴えるよりまーだノンクリスチャンに受け入れられる余地のある話なのだ。

非嫡出子の相続格差、これを二分の一から同等にするだけでも、おそらくキリスト教なんたら団体が
一年間で養子にできる人数よりはるかに多い赤ちゃんを少なくとも「中絶」から免れることができる
だろう。
もし「胎児の命」が何よりも大事ならば、非嫡出子の相続について団体として、または一個人として一家言あってもしかるべきである。
しかし何も言わない。だんまりである。なぜか。

理由は非嫡出子の相続格差を是正すると、キリスト教の存在意義の一つである結婚制度が間違いなく綻ぶからだ。

結婚制度>>>>>>>>>(超えられない壁)

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>胎児()の命

まあつまりこういうことである。
私は別に↑の図が間違っているとも思わない。

それならそれで私がいいたいことは、別にムチャいってるわけでもない法律問題をスルーしたまま、「胎児の命」 という「声を出せない存在」を建前にして利用しないでくださいませんかね?反吐がでるから。

 ということである。

まあ旧約聖書だけならキリスト教はまだこんなに混乱しなかった。
「不倫の子」は集会にも入れず、そりゃあ惨めな扱いをされて死んだ。心あるキリスト者はご存知のことであろう。自分らが率先してやってきたことだから。

むしろキリスト教が社会の秩序であり正義である、結婚制度をはじめとする社会の秩序は胎児の命より重い、と主張するならばはっきりとそう明言した方が信者は増えるだろう。

しかし今の現状↓、

産まれた時から母子家庭。親戚、地域からも排除され、ほとんどの場合貧困で+差別侮蔑が基本仕様。
未認知だったら父親も誰かわからず認知済みでも相続は民法で半分、子供は父親の葬式にも出ることができない。


で「胎児の命が云々」と何の責任もない他人に言われても、
ぶっちゃけ、そりゃー女は堕ろすよ。自己責任で。

婚前交渉は不始末である。ならばその不始末を「自己責任で」。
自分は殺人者でいい。一生傷ついたまま、墓まで持っていく。
日本のキリスト教系プロライフもどき団体の関係者はそんな女性の自己責任論を胎児の命を建前にして否定するけど、てめーはどうだって話だ。

「差別(区別)」はそのまま。でも命は大事です!中絶反対!

 

 

なんだそれは。自己責任以下じゃねーか。


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