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クリスチャンの婚活(3) クリスチャンホーム希望と年収600万希望どう違う? [クリスチャンの婚活]

こう書くと清純で真面目なクリスチャン女子or牧師から
「聖書的ではない」と叱責されるのはわかっているが、

はっきり言おう。
旬を過ぎた妙齢のクリスチャン女性が「相手はクリスチャンじゃなきゃいや!」といって
「聖書的」かもしれないが、果たして愛と呼べるのか、単に高望みじゃね?とすら思ってる。

私はちょっとばかり大きい会社で働いている。
既婚者としてクリスチャン女性の婚活相談をして何年もなっていつも思うが、

女子会とかいってたむろしている高齢独身女性と、
教会にたむろしている独身女性クリスチャン女性とどう違うか、と言うと…

正直いって大差ないのである。


若さもなく美しくもなくだからといって仕事がバリバリできるなどこれといった美点もない。
適度に俗的で保守的で楽がしたい、普通の女性である。
ただ聖書読んでいるか、いないかだけの違いだ。

ただ、結婚したい対象が「年収600万以上」から「クリスチャン男子」に変わっただけで、
たぶんクリスチャンにならずに「この世」にいたら、この人達は世の中「年収300万時代」に

「年収600万以上!専業主婦!」

と鼻息荒く叫んでいるのだろうと思う。

「そうはいっても子供のためには年収は高い方がいいに決まってるじゃない。専業主婦になって
愛する旦那様と子供のために家庭を守って云々…」


ごもっともである。

ではこう言い換えてみたらどうだろう。

「クリスチャンなら神様のためにもクリスチャン男性がいいに決まっているじゃない。
クリスチャンホームになったら家庭が祝福されて、子供にも神様の愛を…」


子供という大義名分が神様にすりかわっているだけではないだろうか?

そしてこの手の輩は結婚を夢見ている割りにはいまいち行動しているようにも見えず、
あまつさえ婚活をバカにする。

クリスチャン専用の結婚相談所があるから見てみればというと
「そういうのってもてない人が行くところですよねー」とくる。
てめーだよこの聖書バカ。

たぶん結婚を求めている独身教会員が根拠としている御言葉はこれだろう。

「求めよ、されば与えられん」

確かに主は恵みを与えて下さる御方だが、
だからといって闇金ウシジマくんも真っ青な法外な利息を求めてはいけない。

闇金.jpg




聖書読んで救われたぐらいで、自分が一段上の人間になったとまあ大概は勘違いするものだが、
基本急には変わらないものだ。
変わらないことを内心気がついているから
「みこころの人()」の()の中に祈りと欲望を混同させて、一杯条件をつける。
しかし完成品は完成品とくっつくのが世の常であるから、
客観性の乏しい気の利かないブスと年増は結婚できず、
「まだ神様の時がきてないのよ」とかいう。この場合の時というのは「終末」かよ、と思う。

見るに、この手の輩はいちいち「覚悟」がない。
目の前にいる人間をとにかく愛してみせよう!という気概がない。
自分がとにかく苦労をしたくないために、一般の女性は世間知を、
クリスチャン女性は聖書を引き合いにして、理由付けをして理想の王子様がくるのを待っている。

王子様を待つのは結構だが、さも自分が信仰深いように振舞って、
世間の恋愛事情に眉をひそめて似たもの同士でわかち会う
姿は滑稽ですらある。

 

うちの利息は一日一毒麦↓

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コメント(1) 

コメント 1

田中

面白過ぎる
by 田中 (2016-01-09 03:38) 

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