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いのり☆フェスティバルなるイベントが行われたようだ(1)何を誰に伝えたい?クリスチャンクリエイター [クリスチャン業界の下世話な話]

端っこは一応クリスチャンなので、クリスマス時期は忙しいのだ。
ちょっとぐらい記事書きをさぼっても大目に見て頂きたい。

さて、サボっている間に「いのり☆フェスティバル」なるイベントが行われたようだ。

いのフェス.jpg

キリスト教界の初のコミケである。
規模的にコミケというよりオンリーイベントといったところか。

主催は、キリスト教雑誌季刊「Ministry」の中の人。
このような腐れクリスチャンに評価されるのも心外だろうが、
つぶやきを見る限りいつも涙ぐましい努力をしているなあと感心している。
季刊「Ministry」の内容、いのフェスのチラシの絵もさることながら、
ポケモンに対抗した「カードゲーム」の開発など、
(ぶっちゃけマーケティングリサーチ手抜いただろと思うデキではあったけれども)
この閉塞した業界を打破しよう!という意気込みが伝わってくる。

さて、敬虔なるクリスチャンにとってコミケとはよくわからないだろうが
コミックマーケット、通称コミケは18禁、ホラー、BL、なんでもありの同人誌即売会のことをいう。
最近は随分商業化しているが、一回のイベントで40万人は動くという世界最大のイベントである。

大きいお兄さんやお姉さんが、盆と年末という日本人なら動きにくい日程であっても、
徹夜(ダメだけど)または泊り込みでやってくるというすさまじいイベントだ。

お盆はともかくクリスマスにいくらチラシをまいても教会員ですらこない教会は天と地である。

ただコミケに集まる系の人とクリスチャンとは、現在敵対関係というか、
ポルノだめ、BLだめ、だのいちいち空気の読めない偏狭なクリスチャン団体が
政治家使って圧力をかけてくるので、あちら側はキリスト教をあまりよく思ってないのが現状である。

さて、現在のキリスト教界ではこんなに大量の人間を動かすイベントができるだろうか。



はい、せーの!




無理である。

大伝道師数十人とローマ教皇がタッグを組んでもせいぜい数万人であろう。
キリスト教徒が何十億といるのにだ。

理由はおいおい書くとして、ここでは簡単にコミケとクリスチャン業界について書いてみる。

コミケの最大の特徴、それは多様性である。

多様性を認めるといったってコミケの中も金が絡む分、
結構どろどろなのだが、その中で共通している点がある。
それは徹底的な「実力主義」であることだ。
コミケでは下手な絵・話はまーず売れない。
しかしヘタレでも何らかの人をひきつけるものがあれば必ず売れる。

だからといってヘタレなものに価値がないわけではなく、
作品に愛があると、必ず必要としている人がいる。

キリスト教はこの逆で「非実力主義」「排他性」である
キリスト教に忠実であれば、基本クオリティはあまり考慮されない。
ゴミでもパクリでも小学生に失礼なクオリティでも「キリスト教」ならOKである。
ただし、すこしでもキリスト教に反するともうダメである。

どちらがいいとは言えないが、影響力からいって前者の方が人々の心を動かしている事実は
知っておいた方がいいと思う。

コミケはまあ基本的にクリスチャンなら発狂ものの内容のものが売れやすい。
18禁、BL、NL、SF、ホラー…

無論、コミケの中にも主はご臨在されていることだろう。
だが、今のコミケはぶっちゃけサタンさんの独断場というかあえて黙認されているようにも思える。

だからといって

「不健全のものばかり売って!罪!サタン!この世!」

と批判するのは、
短絡的で表面だけ判断しがちな世間知らずクリスチャンの悪いくせだ。

例えば神主と呼ばれるZUN氏の「東方Project」など、すさまじくレベルの高い作品は
同人・商業を垣根を超えた大ムーブメントを巻き起こしている。

そして作者がノンクリスチャンでも聖書を扱った作品は結構聖書を読み込んでいる。
「ヘルシング」「聖☆おにいさん」「残酷な神が支配する」・・・等枚挙に暇がない。質はいわずもがな高い。
クリスチャンが聖書とクリスチャンの本だけしか読まずしょうもない作品を量産するのとは対照的だ。

そもそも宗教だから売れない、というのは、クリスチャンの甘えである。

クリスチャンとは違って、「いいものだったら絶対買う」のが日本人の、またノンクリスチャンの優れたところだ。
そのノンクリスチャンの特性を利用しないのはもったいないと常々思っている。

そしていいものは、意外と神性が、イエスの真理が働いている。
人は神の似姿なので、美しいもの、愛があるもの、真理があるものに惹かれる。
そうでなければ、「聖書」が世界一のベストセラーであり続ける理由がない。

そして、一見不健全に見える作品にも奥にある作者のメッセージを読み取れば意外と隠れた所に神がおられる。

だがそれは聖書だけ、クリスチャンの本だけ読んでいたら絶対にそんな感受性は養われない。

信仰を持って物を描いたり作ったりするならば、意外に素直に目を開かれていないのは
クリスチャンの方かもしれないのではないか?
という視点は大事だ。


人に物を伝えようとする立場にある人間は、自分のできる限りで最大限のクオリティをあげる必要がある。
それが信仰以前に、クリエイターとしての礼儀だ。
「この世」とかいって自分勝手に区切ってこの世側の作品を参考にせず、ロクに研鑽を積まない
くそクリスチャンクリエイターの作品を、なあなあの付き合いで教会が業界でフォローするから
いつまでたっても甘えるのだ。

キリスト業界の本・音楽・グッズがAMAZONでロクに評価もつかないのは、優れているからではなくて、
評価をする価値がないほど「どうでもいい」作品だからだ。
ほとんどのクリスチャンの作品は同人誌どころか「恋空」以下だ。

どうしても伝えたかったら似たもの同士の所ではなく、路上やコミケ、youtube、ニコニコ動画、pixiv、
携帯小説などのアウェイの場所ではないか。
そして堂々と批判されればいい。お前の作品はゴミだと。

批判され、叩かれて、反省し、はじめて伝えること、作ることははじまる。
大体伝え終わった人のところにさらに伝えてどうするのだ?
伝える立場の頭であるイエス様はどうされたか?
いつまでもペテロ達、使徒の前だけでお話されていたか?

そもそも作品を作る動機はなんだ?ほめられたい、伝えたい、どっちなのだ?
前者ならクリエイターはやめよう。向いていない。

それが出来ないのは、結局、自分の作品、信仰に自信がないからだろう。
それを許してきたキリスト業界も悪い。

だから今回のいのり☆フェスティバルはいい取り組みだったと思う。

糞クリからの提案で恐縮だが、2回目を開催するまでに主催者側にはぜひ生身のコミケを体験してもらいたい。
罪の世界とはいえども、人が動くのはそこに何らかの真理はある。
狭い業界内では見えにくいものが明らかになるかもしれない。

大丈夫どんなにコミケが発達しようが商業主義と揶揄されようが、キリスト教は負けない。

すでに主はこの世に勝利しておられるからだ。

 

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コメント(6) 

コメント 6

松ちゃん

はじめまして。

日々「涙ぐましい努力」を重ねている張本人です。
非常に辛辣かつ示唆に富む、愛にあふれた(?)
ご紹介をいただき恐縮しております。

「マーケティングリサーチ手抜いただろ」も、図星でございます。
商品化にあたってはさらに改良を加えるつもりです。
ぜひ、ご意見、改善案などもよろしくお願いいたします。

主催者である私は生身のコミケも体験済みですし、
すでにヲタクリの部類に入っております。
「罪の世界」と思ったこともありません。

「人が動くのはそこに何らかの真理はある」も、
「狭い業界内では見えにくいものが明らかになる」も
まったくの同感です。

あとは、それを社内も含めた同業者
(書店、取次、ご高齢の牧師や教会員、読者)に
どれだけ受け入れ、理解してもらえるかの勝負だと
考えております。

そのためにはやはり、自分自身のプレゼン力が
決定的に問われてくるわけです。

(2)のコメント欄へ続く…
by 松ちゃん (2011-11-05 09:14) 

1クリ

今回も面白く拝見しました!

中でも私は音楽に関心がありますので、

> キリスト教はこの逆で「非実力主義」と「排他性」である
> キリスト教に忠実であれば、基本クオリティはあまり考慮されない。

ということはずーっと見てきました。

熱心なクリスチャンでちょっとギターが弾ければちょっと歌がうまければ、知り合いの教会で特別伝道集会とかで呼ばれてギャラまで発生する業界は、そうはないと思います。

そのためにアマチュアの勘違いクリスチャン・アーチストが発生していて、さらには調子に乗ってCDまで出したりしてます。

けど、そのクオリティーの低さでは一般の音楽マーケットで相手にされるはずないのに、何かちょっと技術的なことなど指摘すると「教会で用いられてるし」というので聞こうとしないし、ロクな練習もしてない。

そんな低いクオリティーの高慢な「アーチスト」があふれているのが、特に福音派や伝道熱心な教会の実際だと見ています。
by 1クリ (2011-11-05 21:00) 

1クリ

大事な文を見過ごしていました!

>そしていいものは、意外と神性が、イエスの真理が働いている。
>人は神の似姿なので、美しいもの、愛があるもの、真理があるものに惹かれる。

そうなんですそうなんです!

私は音楽でこれを実現したいと思い、そして教会の中では、少なくとも今通っている教会やその教派で何とか頑張ってやりながらずっと見てきてついに 無理 と判断したので、教会外で音楽することにしました。

教会ではいらん気使うばかりで徒労が多いし、馬鹿馬鹿しくてやってられなくなりました。

教会外のノンクリスチャンの世界の方が、よほど真摯にキリスト教音楽も含めてやってると思います。クリスチャンは「あれは本当のキリスト教音楽ではない」とぬかしますが、教会のコンサートといいながら学芸会かせいぜい発表会程度のことをやってるのがわかってなくてよく言えたもんだと常々思っています。

すみません。つい日頃のうっぷんを。。。
by 1クリ (2011-11-05 23:19) 

みん

こんにちは、水谷先生ブログからきました。

なるほど~と面白く読みました!
私は大学で美術を勉強し、卒業後も制作を続けています。

クリスチャン関係のグッズのダサさにいつもイラっとします。
クリスチャンですアピールの強い(が完成度のない)作品もよく目にします。
これじゃあ行かないよなあという雰囲気のクリスチャングループ展DMをもらったこともあります。(素敵なものもたまにありますが)
絵本なんかもひどいなーというのが教会に置いてあり、もっと普通の上質な絵本を読ませたほうがいいのに、と思っていました。

だいたいにおいて、「クリスチャン」を一番最初にアピールしているものはダメだな、とうすうす感じていました。その原因は狭い世界でちやほやされちゃう&信仰的っぽい印象でクオリティが見過ごされていること なんですね。。!

絵でも彫刻でも絵本でもそうですが、別に聖書的なものごとをあからさまに扱っていないのに、作品を観ていて、あ、もしかしてこの人クリスチャンかな…?と思って調べたらそうだった、ということがあります。
そういう作品はすごく心に残るし、深いところで同じものが流れているんだなあと感じます。自分はそういう作品が作れるひとになりたい、と思っていましたので。。

美術は音楽よりも教会で用いられるのが難しいし、クリスチャンだけど聖書的なことをダイレクトに作品で扱うことに抵抗がある自分はダメなのか? と悩んだこともあったのですが、やっぱりそういう表面的なことではないなあと。ブログ読ませて頂いて、すっきりしました。ありがとうございます^^
by みん (2011-11-06 17:58) 

端っ子

>みん様

初めまして!
偏狭の極みのような当ブログにおこし頂きありがとうございます。
大学で美術を勉強なされていて制作を続けられているとのこと
おおクリエイター様からコメントをいただくとは・・・!

クリスチャンですアピール作品、わかります。
私などはもうおばちゃんですからすっかり慣れましたが、
あれよほど工夫しているものじゃないと
子供が嫌な顔するんですよね…
「いつも押し付けがましーんだよ」的顔してしていやいや受け取ってくれます。

信仰があればきっと伝わるから、という意見もあります。
この「きっと」という言葉は主に向けられるものでしょうか。
それとも自分に対しているものでしょうか。

似たような少数グループで無料で配るのにはかまいません。
しかし、仮にも物を作り、お金を受け取ったらプロです。
本当のプロが「自分の思いがあれば、きっと伝わるはずです。自分の思いとはなんたらで云々」というでしょうか。
「今できる最善のことはすべてした。後は作品を見て判断して欲しい」というのがクリエイターとしての姿勢ではないでしょうか。

最善を尽くして伝わなくても、それは相手の責任ではなく
自分の力量と信仰の吟味が足らないからです。
物を造る人間が間違っても相手のせいにしてはいけない。

クリスチャン側も「とりあえず信仰的ってほめときゃいいや」となあなあにしている現状において、クリエイターとして日々精進なさっているみん様の苦労をお察し申し上げます。

しかし、そのような経験、現状はまた主の与えて下さった財産です。
逆境こそ研鑽のはじまりです。
心に残る作品を作りたい、深いもので同じものが流れているんだよという気持ちを大事に真摯に作品を作り続けて欲しいと望みます。

私はあまり美術とかそう詳しくないので、至らない所があったら指摘して頂ければ幸いです。

コメントありがとうございました^^
by 端っ子 (2011-11-10 00:23) 

端っ子

>1クリ様

こんばんは!前のお返事より間が空いてしまいましてすいません!

私は人は神の子ゆえイエスの神性、真理に関する感受性はクリスチャンだけではなく、世界中の人々が持っているものと考えております。

ですが、伝えたいと思ってもあからさまに「クリスチャンアピール」を露骨に出した稚拙な音楽がプロテスタント跋扈する状況では、1クリさんの苦労も大変だったでしょう。

別にクリスチャンじゃなくともイエスの愛を待ち望んでいる人はたくさんいます。イエスの愛は我々クリスチャンの特権ではありません。

ノンクリスチャンの方が真摯に作品に向かうその姿勢にも神の道があると感じることがしばしばあります。

これからもどうぞこのブログを毒吐きにお使いください。
デトックスしましょう~

コメントありがとうございました。
by 端っ子 (2011-11-10 00:34) 

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